トランペットの1番抜差管と3番抜差管でピッチを合わせる理由
金管楽器(少なくとも近代以降)は、管の長さによって音を変えるようになっている。管体が長くなると音が低くなり、短くなると高くなる。倍音と管の長さの組合わせによって音階を作っている。例えばトロンボーンはスライドで管の長さを変化させる。
トロンボーン以外の金管楽器の場合、バルブシステムによって管の長さを変化させる。バルブシステムはピストンあるいはロータリーで操作する。ここではピストン式のトランペットを考えてみよう*1。ピストンからは抜差管と呼ばれる管が出ていて、ピストンを押していない状態だと空気は流れないようになっている。ピストンを押すと抜差管に空気が流れ、抜差管の分だけ管が長くなり、音が低くなる。
3本ピストンの場合、1番ピストンを押すと1音分、2番ピストンを押すと半音分、3番ピストンを押すと1音半分、管が長くなることになる。
表にしてみよう。1番ピストンを押すのを「(1)」、1番ピストンと2番ピストンを同時に押すのを「(1)+(2)」と書こう。半音を「0.5音」、1音を「1.0音」と表現している。ピストンの組合わせで最大3音下げられることが分かる。
ピストン | 下がる音程 |
---|---|
開放 | 0音 |
(2) | -0.5音 |
(1) | -1.0音 |
(3) | -1.5音 |
(1)+(2) | -1.5音 |
(2)+(3) | -2.0音 |
(1)+(3) | -2.5音 |
(1)+(2)+(3) | -3.0音 |
(1)+(2)と(3)はともに1.5音下がっているように見える。つまり、1.5音下げるには、(1)+(2)でも(3)でも構わないことになる。実際、「ラ」や「ミ」の音を吹くときには、3番ピストンを押すより1番ピストンと2番ピストンを押すことが多い。
さて、この「半音下がる」「1音下がる」というのをもうちょっと厳密に見てみよう。
純正律はとりあえずさておく。平均律では、半音の音程は、周波数にして の比率ということになっている。1音の音程は より の比率になる。管の長さはその逆数なので、0音差(完全1度)を1とした場合の周波数と、その周波数を出すために必要になる管長の比は
音程 | 周波数の比 | 管長の比 |
---|---|---|
-0.5音 | 0.944 | 1.059 |
-1.0音 | 0.891 | 1.122 |
-1.5音 | 0.841 | 1.189 |
-2.0音 | 0.794 | 1.260 |
-2.5音 | 0.749 | 1.335 |
-3.0音 | 0.707 | 1.414 |
つまり、2番ピストンを押したときには、開放時の管の長さに対して5.9%だけ管が長くなり、1番ピストンを押したときは12.2%、3番ピストンを押したときには18.9%管が長くなるようになっている。
では1番ピストンと2番ピストンを同時に押したときにはどうなるかというと、開放時の管の長さに対して5.9%+12.2%=18.1%分だけ管が長くなる。つまり、開放時の管の長さを基準にして0.9%だけ、管が短い。開放時の管の長さを150cmとすると*2、1.35cm足りない。そのため、その半分の0.675cm、1番抜差管を抜いてやる必要がある。
整理すると
ピストン | 下がる音程 | 周波数の比 | 必要な管長 | 実際の管長 |
---|---|---|---|---|
開放 | 0音 | 1.000 | 1.000 | 1.000 |
(2) | -0.5音 | 0.944 | 1.059 | 1.059 |
(1) | -1.0音 | 0.891 | 1.122 | 1.122 |
(3) | -1.5音 | 0.841 | 1.189 | 1.189 |
(1)+(2) | -1.5音 | 0.841 | 1.189 | 1.181 |
(2)+(3) | -2.0音 | 0.794 | 1.260 | 1.248 |
(1)+(3) | -2.5音 | 0.749 | 1.335 | 1.311 |
(1)+(2)+(3) | -3.0音 | 0.707 | 1.414 | 1.370 |
組み合わせて押すと、かなりピッチがずれることがわかる。つまり、複数のピストンを同時に押すときには、抜差管を抜いて長さを微妙に操作しなければならない。
しかし、全部押したときのピッチのずれって思ったより相当大きいなあ。どこかで計算間違えたかも?